郵便ポストを拭き上げる男達。

郵政民営化の前日、郵便ポストを拭き上げる男がいた。

太田いと書道教室に、最近、社会人の女性が、手紙をさらっと書きたいので、岡山で書道教室を探される方が、増えてきていると実感しております。
今回は、手紙の入り口である郵便ポストを取り上げてみました。文体は、かつてNHKFMで、クロスオーバーイレブンという番組があり、そのナレーションの原稿のような感じで書いてみました。津嘉山正種氏の声をイメージしながらお読み頂ければと思います。

— — — — — — — — — — — — — — — — —

世間一般、プライベートなコミュニケーションが、手紙からSNSに置き換わる中で、
直筆の手紙を出したり、受け取る人は、どれくらいいるのだろうか?
そんな今の時代、郵便ポストの存在は、どんな意味を持つのだろうか?
ちょっと昔の話になるが、その事について、強く感じさせられた事があった。

ある日、家路を急いでいた私は、家の近所で、奇妙な光景を目にした。

それは、郵便ポストの前で、車から男性三人が降りてきて、ポストに何か始めようとしていたのだ。
一人が、日本酒の瓶を取り出し、ポストに透明な液体を振りかける。
さらに、三人が、持っていたぞうきんで、ポストを拭きあげ始めたのだ。
私は、その数分間、あっけに取られながらも、様子を、興味深く見ていた。
あの透明な液体は、何かなと考えをめぐらすと、あ、そうか、日本酒なんだと気付かされた。

その日は郵政民営化する、まさに前日であり、郵政省最後の日でもある。
こんな事をするのは、まさに郵便局の職員で、ポストへの感謝と、お別れをしているような意図を感じた。
すると、私は、彼らの時代を惜しむ気持ちと感謝の姿に共感して、涙ぐんでしまった。

その光景を見てから何年か過ぎ、私は、郵便局の職員と話す機会があった。
いい機会なので、昔、自分が目撃したポストを拭き上げた人の話を聞いてもらった。
その職員は、公式にはそういった事は知らないが、職員の立場からすると、彼らの気持ちはとてもよく分かるのだそうだ。
彼が言うには、郵便ポストという存在は、郵便事業の根幹の存在であり、大切な存在だと教えられた。

私は、実家に戻る度に、家路の脇で、郵便ポストが、景色に馴染むように佇んでいる。
だが、こんな話を思い出す度に、郵便ポストが、擬人化のイメージを越えて、道祖神やお地蔵さまのようなものに見えてくる。
私も、一筆箋で手紙を書いて、切手を貼って、郵便ポスト、いや、郵便ポストさまに投函してみようかなと、思ってしまうのだ。


Leave a Reply

メールアドレスが公開されることはありません。